2009年5月24日日曜日

新型インフルエンザに動揺しない為のエビデンス その①



新型インフルエンザについての処理しきれない多大な情報がメディアを通じて発信され、国家も通常でない対応で国民は右往左往に振り回され状態です。今回の新型インフルエンザに限ってはもう少し冷静になるべきです。

冷静になれっていわれても・・・。テレビでは宇宙服のような防護服を着た検閲官、医者が・・・。一般市民はマスクもろくに手に入らないのに・・・。




去る5月21日に日本感染症学会より一般医療機関における新型インフルエンザの対応についての緊急提言が発せられました。
どれも感染症における専門的見知から今回の新型インフルエンザに対する根拠のある提言だと思われます。

その中で一般国民も是非とも知っておいて欲しい根拠をもとにした情報を紹介します。


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① 過去の我が国における新型インフルエンザ流行の実態から学んでください 

新型インフルエンザが蔓延するとわが国では32万人から64万人が死亡すると厚生労 働省が試算していますが、これはスペインかぜの致死率を1~2%として、推定患者数が 3,200万人(人口の25%)と考えられるので、掛け算して出した数値です。最近の報告 2) では、スペインかぜは日本国内で1918年から1920年にかけて2回流行し、48万人の 死亡者が出たことが明らかとなりました。これを現在の人口に外挿・敷衍すると108万 人の死亡となり、和歌山県や香川県などの一県分の人口に相当します。スペインかぜは 20世紀最大の疫病と言われてきたことがよく分かります。しかし、当時はインフルエン ザウイルスの発見(豚から1932年、ヒトからは1933年)前であり、二次感染として多 い細菌性肺炎の治療薬である抗生物質が実用化される(1941年のペニシリンG)よりは るか前の出来事です。 

インフルエンザがウイルス感染症であることが分かってから、及び抗生物質が実用化 されてからの新型インフルエンザ(1957年からのアジアかぜ、1968年からの香港かぜ) では我が国でずれも4万人~7万人が亡くなったと報告されています3)。香港かぜは、 1968年~69年の第1波では2万人程度と死亡者数が少なかったものの、翌年の第2波で 5万人を超える大きな被害が出ています。現在の人口に外挿・敷衍すると8万人から9 万人の死亡者となり、比較的軽かったと思われがちな香港かぜは実は大きな流行であり、 国民や社会への影響は大きく、特に当時の医療関係者の苦労は相当なものであったと思 われます。 
今回の新型インフルエンザ(S-OIV)が今後大流行した場合、わが国の死亡者数や死亡 率が香港かぜの場合を大きく超えるようなことはないと思われます。しかし、これまで 流行してきた季節性インフルエンザでは毎年1万人前後の死亡者が出ていて4,5)、医療現 場ではその都度多忙を極めていますから、数万人の死亡者が出る流行が起これば入院ベッドが不足し、人工呼吸器や救急車が足りない、病院や診療所の外来は混雑を極めるな ど、準備の不足は医療現場の大混乱となって現れるのは必至です。 

ところで、スペインかぜ当時の死亡者の大多数は発展途上国に集中しており、英米の 死亡者数は少なかったことも知られています。日本の全人口に対する死亡率は0.87%、 英国0.3%、米国0.6%、シンガポール1.4%、インド4.4%と報告されています。当時 のわが国はまだ発展途上国から完全には脱していなかったため、死亡者数が英米に比べ てやや多かったと考えられています。こうしたことから、新型インフルエンザによる死 亡は、各国の経済状態の反映、あるいは医療水準の反映といわれています6)が、日本は、 現在、スペインかぜ当時とは、全く異なって経済や公衆衛生の向上は著しく、個人の栄 養・感染防御能も著しく向上しております。また、インフルエンザの迅速診断とノイラ ミニダーゼ阻害薬による治療では圧倒的に世界をリードしており、日本で確立したイン フルエンザの診断と治療を生かすことができれば、新型インフルエンザの被害を大幅に 制御することが可能と思われます。 
また、20世紀の新型インフルエンザは、国内では、すべて2回の流行を起こしている事 実を理解して対策を考えることも重要です。世界では、時に3回の流行も記録されていま す。前述のごとく、スペインかぜは1918~19年の大規模な第1波、1919~20年のやや規 模の小さな第2波と2回流行しました。アジアかぜは、1957年春の第1波、秋の第2波とや はり2回流行しました。香港かぜでは1968~69年の第1波は小さな流行でしたが、翌1969 ~70年に大きな第2波の流行となりました。ですから、最初の流行が小規模に終わっても、 決して油断は出来ないのです。今回の新型インフルエンザ(S-OIV)が、現在は症状も軽 く、患者数も比較的に少なくても、今年の秋か、冬に大きな流行になると専門家が警戒 しているのは過去の大流行の事実からです。 
  1. CDC: Hospitalized patients with novel influenza A (H1N1) virus infection --- California, April – May, 2009. MMWR.2009(May 18);58:1-5. 
  2. Richard SA, Sugaya N, Simonsen L, Miller MA, Viboud C : A comparative study of the 1918-1920 influenza pandemic in Japan, USA and UK: mortality impact and implications for pandemic planning. Epidemiol Infect. 2009;12:1-11. 
  3. Viboud C, Grais RF, Lafont BAP, Miller MA, Simonsen L: Multinational impact of the 1968 Hong Kong influenza pandemic: evidence for a smoldering pandemic. J Infect Dis.2005;192:233-48. 
  4. 高橋美保子、永井正規:1987年-2005年のわが国におけるインフルエンザ流行による超過死亡―性別、年齢階層別、死因別死亡による推定-. 日衛誌.2008;63:5-19. 
  5. 国立感染症研究所感染症情報センター:インフルエンザ超過死亡「感染研モデル」 2002/2003シーズン告.IASR.2003;24:288-9. 
  6. Murray CJ, Lopez AD, Chin B, Feehan D: Estimation of potential global pandemic influenza mortality on the basis of vital registry data from the 1918-20 pandemic: A quantitative analysis. Lancet.2006;368:2211-8. 
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By 院長