2009年2月15日日曜日

医局

この土曜日に大学病院医局時代の同僚の結婚披露宴があり行って来ました。
彼は現在4●歳で附属O病院の整形外科部長でもあり貫禄のある新郎でした。

   

披露宴には私が医局に在籍していた時代の先生方が多く出席されており久々に会った多くの先生方と楽しい話をさせてもらった。 大学に残って最前線の医療をしている先生、色々な病院に就職した先生、私の様に開業している先生等様々だったが医局を離れて10年、皆さん白髪になったり太ったり貫禄もあったり・・・。話は尽きずあっという間に時間が流れた。

ここだけのマル秘写真だが↓は、大学病院の准教授でその分野では日本有数のいわゆるスーパードクター、彼の外来は午前9時に受付をして実際に診てもらえるのは夜の10時もざら(待ち時間13時間!!!) それ以外に週に12時間以上の手術を何件もこなすまさにスーパータフな先生です。 彼が上司からの祝辞で紹介され現れると、なっなんと作業着に長靴・・・北の国からのテーマソングに田中邦衛のスタイルで登場(会場爆笑!) 心温かい言葉を冗談を交えて話され、その後またまた仮装・・・。 彼の外来で13時間イライラして待っている彼を頼って来られる患者が見たら目が点になるだろう?! いやあ仕事は一流、ユーモアも抜群! まさに尊敬にあたる先生だ!

  




話は変わるが私が医者になった19年前は国家試験に合格すれば殆ど全員大学病院のそれぞれの各自の希望する科の医局に研修医として入局し修行をさせてもらった。 医局はまさにピラミッド構造で教授をトップに助教授(当時)、講師、助手、無給医局員(一日12時間以上は働き、外来もさせられ本当に保険も給料も無いのです)、研修医という江戸時代の様な身分社会になっていてその底辺の研修医の2年はまさに奴隷のような存在だった。 研修医を終えた頃からも医局人事というお上の一言があり「お前、来月から○○の○○病院に行け!」という殆ど突然の命令があり自分の意志とは関係なく一般病院に出向させられた。
でも今から思うと辛かったが、当時は常に100人程の医局員がいて先輩、後輩という人間関係もあり今となっては良い思い出と一生の財産となっている。

世間では現在医師不足が深刻な社会問題になっている。 この披露宴のこの会場にはおそらく100人以上の整形外科の医者が酔っぱらってうろうろしているのに・・・

そもそもこの医師不足、国が5年前に臨床研修制度を導入してからおかしくなった。今まで地域医療や救急医療を担っていた寝ないで働いていたヤミの無給医局員の存在が無くなったのが大きいのではないかな? 問題は...
  • 本制度の導入をきっかけに、国家試験に合格した者が自由に研修病院を選べるようになったため封建的な大学病院が敬遠され、大学病院において臨床研修を受ける医師が大幅に減少した結果医局から医師が不足し、医局が担ってきた医師派遣機能が停止し、地域の医師不足を招いてしまった。
  • 研修医の募集定員の全国的な管理が行われていないため、都市部に多くの研修病院があることと相まって、研修医の都市部集中が助長されてしまった。
  • ローテーション方式の導入により、全科に渡り研修し各科を体験できるため研修医の基本的なスキルは得られる一方、多忙でキツイ診療科(小児科、産婦人科等)が敬遠されそれらの科に行かなくなってしまった。
今問題となっている医師不足問題、本当に国の考えている事と現場にはかなりの温度差があるのに国が全く理解しておらず本気でずれた対策をしているのにも気付いていない。その責任所在を明確にしていないのが一番の問題ではないか? 最後はぼやきになってしまったけど、面白い土曜の夜でした。 


By 院長